SECTION「SECTION38」



section top
section 38 TOKYO
section 38 OSAKA




シンポジウム「それぞれのデザイン」は会場を大阪・中之島公会堂に移し、
活躍の場や世代の異なるそれぞれのデザイナーがベンチに腰掛けリラックスしながらトークを展開。大阪ならではの熱気あふれるひとときとなった。


     
間宮吉彦 小坂竜 佐藤オオキ 山本雅也
1958年大阪生まれ。
78年芦屋芸術学院デザイン科卒。
98年インフィクス設立。続いて東京と上海に事務所を開設。国内外の商業施設、個人邸から集合住宅まで活躍の範囲は広く、手がける仕事のほとんどが話題となる業界のスター的存在。とりわけ関西では人気実力ともにNo.1と評価されている。
1960年生まれ。
武蔵野美術大学造形学部建築科卒。乃村工藝社で20年あまり、いかんなく才能を発揮。その実績が各種メディアに取り上げられ、一躍人気デザイナーとなる。最近では、海外からの大型プロジェクトなどオファーが殺到し、社内デザイナーの枠を超えた活躍ぶりで注目を集めている。
1977年カナダ生まれ。
早稲田大学建築学科卒。
同大学院修士課程修了。在学中より建築、インテリア、プロダクツ、グラフィックまでトータルにデザインを行うユニットnendoを設立。JCD新人賞ほかミラノサローネでも受賞歴があり、ニューカマーとして業界内外からの注目を一身に集めている。
1961年生まれ。
立教大学経済学部卒。
デザイン書籍専門出版社編集部、月間デザイン誌「FP」副編集長などを経て93年よりフリーに。2002年には米国ミズーリ大学に留学。ジャーナリズム論を履修。雑誌への寄稿などのかたわら取材経験に基づく著書「インハウスデザイナーは蔑称か」を上梓。



マンダリンオリエンタルホテルの仕事は個人宛に英文でオファーが来たが、長年にわたりさまざまな仕事に携わってきたので違和感はなかった。しかし若い頃は仕事を楽しむことができず、組織の中で悩みを抱えていた時代もあった。けれどもそれに耐えて続けてゆくうちに賞をもらったりして前向きになってきた。すると雑誌などにも取り上げられ、信しられないような大きな仕事がやってくるようになった、と淡々と語る小坂竜氏。
小坂氏はデザインがファッション化するのは良いこととは思えないが、佐藤氏のよ
うに明確なポリシーがあれば、時代は受け入れるだろう。そして自分としては伝統に裏付けられた力強いデザインのものとファッション性の高いもの、どちらも分け隔てなく追求してみたい。それがインハウスデザイナーに課せられた役割なのではないかと思うとのこと。森田恭通氏なども言っているが、僕たちの作る空間は作品ではなく、あくまでも商業のための装置、あるいは舞台を提供するという感覚が強いものだ。だから佐藤氏のような表現を見ると、いい意昧での作品性を感じて羨ましいと思うこともある。さまざまなデザイナーのやリ方があっていいと思うし、多様化すればするほど面白さは増すだろう。ともあれ、部下と自分の給料の心配をせずにデザインに集中できるいまのポジションは結構居心地がいいとのこと。

照明計画をしていて感じるのは、空間の表現方法が最近はとても多彩であるということ。そして古いオフィスのリニューアルでも、シャンデリアを使ったデコラティブなものでも、そこには必ずデザイナーの明確な意志が息づいていて、とても面白く仕事をさせてもらっている、と語るのは会場から急きょ飛び入りで参加した武石氏。



佐藤オオキ氏は、自分の仕事がどのように消費されるかとかどう残されていくかということにあまリ興味はないかも知れないと言う。また短期間で色々な仕事をやらせてもらえるようになったのは、あくまでも周りの人たちの助けと運の良さがあったからにほかならないと説明する。さらに一部のメディアは自分たちのことを徒弟制度に対する反逆児みたいな形容をするが、そんな意識はまったくないとも語る。デザイナーがデザインのことだけを考えていられるようにするにはどうすればいいか、というのがnendoをスタートさせる時最も考慮した点らしい。結果、マネージメントとPRを他のメンバーに任せたが、それぞれの仕事の価値はデザインとまったく等価であると言う。そもそもの成り立ちが大学
のサークル活動の延長みたいな感じで始まった。そしてそんな気分は4年を経た今も変わらない。作るものに関しては、ディティールとかに対して結構こだわりを持っており、職人技の助けを借りたりして緻密な作業もしているが、ことのほか軽いイメージにとられる。嬉しい反面、少し不思議な気もするとのこと。





佐藤氏はいきなりフリー、間宮氏もそれに近い形、小坂氏は企業の中で20年、關氏は高松伸氏のもと、ある意味徒弟制度の中で育った。そしてそれぞれの皆さんが第一線で華々しい活躍をしているというこの事実。デザインの世界でこんなにもデザイナーのバックボーンとキャラクターの違いがはっきりとありながらそれらが共存している時代は珍しいかも知れない、と山本雅也氏。
もちろん、小坂氏の場合は会社の理解があり、佐藤氏も良きスタッフとの出会いがあったにせよ、やはり新しい時代の到来を感じざるを得ないと、山本氏は語る。エンジニアとかエディターなどの職能にはインハウスという呼称はなく、家電や住宅などの分野にだけあるインハウスデザイナーという存在に疑問を感じて本を書いた。そして日本の場合、組織の中でのデザイナーの立場は弱くそれも何とかしたかった。けれども、こんなふうに小坂氏をはじめとするデザイナーの方々と接すると、結局はその人自身の才能や能力、人を惹きつける魅力があるかどうかが問題で、いる場所はさして重要なことではないということを再認識した、と山本氏は結んだ。





平日の夕方にもかかわらず会場中が聴衆で埋め尽くされた パキスタン地震支援両会場で33万4834円が寄せられた 懇親パーティ
パネリストと来場者が
和やかな交流





▲ページの先頭へ